GISTERS Voice (GIST経験談)

経験を話してくれるのは

藤田紀子さん(のりちゃん)と、佐藤正春さん(ジャズべさん)です。

 

2025年9月14日(日)に千葉県船橋市にて、発起人の藤田さんが開催された『GIST患者と家族による名曲コンサート』の「GIST経験談コーナー」より、GIST患者であるお2人の経験談をご紹介します。

ご自身の経験を通じて、病気との向き合い方や治療の過程、治療の効果や副作用、生活の変化について語られています。

 

また、家族の支えや仲間とのつながり、患者同士の情報交換や心の支えについても触れられ、最後に、今を大切に生きることや、先のことを考えすぎず一歩ずつ対処していくことの大切さ、お2人の長い患者経験に基づく貴重なお話となっています。



藤田紀子さん(のりちゃん)のプロフィール

  • お名前  藤田紀子さん(通称:のりちゃん)
  • お住まい 千葉県
  • お立場  患者
  • 原発部位 小腸
  • GISTと診断された年齢 42歳
  • 現在の年齢 65歳(2025年9月時)
  • 2002年、小腸原発。肝臓、肺、脳転移し、脳出血による後遺症で左半身麻痺になる。右手のピアニストとして活動中。グリベック→スーテント服用中。

佐藤正春さん(ジャズべさん)のプロフィール

  • お名前  佐藤正春さん(通称:ジャズべ)
  • お住まい 神奈川県
  • お立場  患者
  • 原発部位 小腸
  • GISTと診断された年齢 52歳
  • 現在の年齢 71歳(2025年9月時)
  • 2006年、胃と骨盤内のGIST手術、しかし骨盤内の腫瘍は取り切れず3ヶ月後に再発し、そこからグリベック服用。10年経過時、腎機能低下のため4錠から3錠に減薬するも、19年間グリベック服用継続、幸いその間再発、転移なし。
のりちゃん 本日は私たちの体験を少しでもお伝えできればと思っています。
私たちは医師ではないので医学的なお話ではなく、自分たちの経験をお話ししていこうと思っています。よろしくお願いいたします。

では一緒にお話ししてくださる佐藤さんをお呼びします。佐藤さんよろしくお願いいたします。
ジャズべさん 佐藤です。よろしくお願いします。

お2人の自己紹介から

 

のりちゃん では私から自己紹介をさせていただきます。

私は2002年42歳の時にGISTと診断されて、治療を続けてもう23年になりました。多分、長く生きている方ではないかなと思いますが、2002年、小腸の原発でその後肝臓、それから肺、脳に転移して、脳出血による後遺症で今は左半身が麻痺になりました。
本当にその時はショックで、コロナの時期でもありつらい時期もあったんですけれども、現在は右手のピアニストとして活動しております。はじめはグリベックを飲みまして、脳出血になった後はスーテントを服用しております。 では佐藤さんお願いいたします。
ジャズべさん 佐藤と申します。GISTERSの中ではジャズベと言っています。よろしくお願いします。

GISTになったのは私が千葉県に転勤している時で、この辺(千葉県船橋市)も仕事で来ていたものですから、今日は懐かしい感じがしております。GIST歴は2006年に、原発は分からないんですけど2つあってですね、胃とあと骨盤内。骨盤の中、結果的にはですね、膀胱だったり直腸だったり小腸だったりいろいろまたがっておりまして。2006年2月に胃と下の方、2つをいっぺんに手術をしました。下の方は多臓器にまたがっていたので取り切れなくて、すぐまた再発しますよ、と言われており、結局5月にまた再発して、6月からグリベックを飲み始めました。ただそのグリベックが劇的に効きまして、その後、今2025年まで19年間、再発はない状態でずっと来ております。
そのかわりずっとグリベックは飲んでいます。そういうような経緯ですかね。
のりちゃん ありがとうございます。

今日は、診断からこれまでの道のり、生活や仕事との両立、これからの思い、といった流れでお話をさせていただきます。

病院に行ったきっかけ、自覚症状などはありましたか

 

のりちゃん まず最初に、病院に行かれたきっかけを伺えますか。
自覚症状があったのか、あるいは検査等で偶然見つかったのか、教えてください。
ジャズべさん GISTの自覚症状かどうかわからなかったんですけれども、さっき2006年と言ったんですけど、2005年の12月に、どうも下の方が、どんな違和感だったかは、今よくもう昔のことで覚えていないんですが何か違和感があって。家族に話して、一回大腸検査を受けてみようと大腸の内視鏡を2006年の1月にしました。

内視鏡の結果自体はすぐわかりますから、何もないよ、ということで来たんですけれども、その次にちょっと泌尿器に不具合が出てきました。右の睾丸が腫れてきて痛くなった。これで、同じ総合病院の泌尿器科に回してもらって、炎症等を調べたんですけれども、炎症も何もなかったんです。それでも痛いからと訴えたら、CTを取りましょうと。造影CTを取ったんですけれども、そこで結果を聞いたときに、泌尿器どころじゃないという風な話になって、胃とかに2つの腫瘍ができているのが分かったということで、泌尿器科から消化器内科の方に回って、そちらの方で説明を聞くと、粘膜下腫瘍、多分GISTと呼ばれるものだろうということで。

当時は千葉でしたので、千葉県がんセンターに行って、そこから私立の大学病院に行くことになりました。
のりちゃん 私の場合は自覚症状が全くなくて、たまたま胃が痛くなって、近所の内科にかかったんですよ。そしたら先生から、今まで胃カメラ受けたことある?と言われて、え、ないですけど、と。この際だから受けときなさい、と胃カメラを受けることになりました。その際についでだから、超音波も見とこうか、みたいなお話で、超音波を取ったところ、肝臓に腫瘍がいっぱいあったんですね。たぶん、小腸の転移だったと思われるんですけれども。すごくびっくりして、肝臓の腫瘍がわかるかどうかCTをとって、その後大きな病院に行くように言われました。

親戚が千葉大病院の肝臓の専門医だったので、千葉大病院にかかり、その頃、まだGISTというのはあまり知られていなくて、GISTだって診断されている方も少なかったと思うんですけれど、私の場合はとてもラッキーで、GISTだっていうことですぐ診断をされました。

GISTの診断を受けた時の気持ち

 

のりちゃん 佐藤(ジャズべ)さんは、GISTの診断を受けたときは、どのようなお気持ちでしたか?聞かれたときはご家族は一緒でしたか?
ジャズべさん 最初に聞いたときは、とりあえず最初の総合病院で、多分GISTという病気だろう、というふうに聞きました。詳しい説明まで聞いたんですけれども、あんまり頭が入っていなくて、ただ手術する必要もあるということで。それから家内を呼んで、一緒に説明を聞いて、転院したということですね。転院先でも、そんなに詳しくは話してくれなかったというか、詳しくは粘膜下腫瘍だと、これを取る必要がある、ということだったんですけれども、その先のことまでなかなか話してくれなかったことから、こちらとしても取ればなんとかなると思っていました。ただ、2つあったものだから、30センチの開腹(手術)でちょっとしんどかったんですけれども。

気持ちはね、まあ「がん」ですから、なんで俺なのかなっていう。悪いこともしてないし、なんで俺そんなものに当たっちゃったのかなみたいな。それは思いますよね。それとともに、取れば治るって思ってたんで、その時は。ずっと薬飲まなくちゃいけないとも思ってなかったし、そんなに深くは考えなかった。家族にも言ったし、うちの子まだちっちゃくて、上の子が小学校6年の最終の時だったんですね。下の子も2 つ下でした。子供たちにも言った。言ったんですけど、彼らも「大変だろうけど、取ればなんとか治る」みたいなふうには思ってた。その時は思ってたんだと思います。
のりちゃん 私もGISTと分かった時は、上の子が中学3年生で、下の子が小学校6年生で、2人ともちょうど受験する年でして、12月に分かったので、てんやわんやで、すごく大変だったのを覚えています。それこそ受験も、子どもたちが一人で行って、かわいそうでした。

私の場合は、診断を聞いた時には、主人と一緒に聞いたので、がんではなくてGISTだというふうに言われて、その当時、GISTという病名を初めて聞くし、どんな病気なんだろうって検索しまくったのを覚えています。 後で聞いた話だと、私が説明を受ける前に、主人と私の両親だけ先生に呼ばれて、余命数ヶ月と言われたそうです。私の性格を主治医がよくわかっていて、親戚だということもあり、私からも怖い話は聞きたくないと頼んでいたので、気を使ってくれて、余命数ヶ月だということは私には話されませんでした。ただ手術の説明などはその時点でお聞きしました。本当に自分が「がん」なのかみたいな感じで、すごくショックでした。

それまで、人はいつかは死ぬだろうとは思っていても死というものが自分にとって現実的でなかったので、それが急に目の前に立ちはだかって、すぐには受け入れられない感じでした。入院中はそれこそ遺書を書いたりして、自分は死ぬしかないんだ、みたいな、どちらかというとネガティブなところがあって、めそめそ泣いてばかりいましたね。

どのようなGIST治療を受けて来ましたか

 

のりちゃん では、治療について伺いたいと思います。

ジャズべ(佐藤)さんはどのような治療をこれまでされてきましたか?
ジャズべさん 先ほど言ったように(腫瘍が)2つあったということと、手術の前に腫瘍が破裂してしまい、お腹の中が出血してしまったんですね。結果的には、お腹の中でGIST細胞をばら撒いてしまったということになって。それとともに取り切れなかったという最悪の事態だったんですけれども、この病気にはもうグリベックしかないものだから、当時はとにかくグリベックを飲みなさいということで、それをずっと続けて。

手術は2月だったんですけれども、6月にはもう6センチぐらいの再発があったので、そこからグリベックを飲み始めて。そこからは劇的に効いたんですね。劇的に効いて9月にもう一回CTを撮った時に(GISTの)形がもうわからなかったです。うわ-すごいなと思いつつ、ただ最初に薬を飲んだときは、何とも言えない気持ちの悪さ、よく言葉にできないんですけれども。
5月からは復帰して、職場を変わったんです。ちょっと休憩を入れさせてもらいながら仕事をしていました。
9月以降になってからは、その気持ちの悪さとか、息苦しさみたいな、それはなくなったんですね。それでずっと続けてこられました。当時、浮腫むとかという副作用を言われていたけれど、私の場合はなくて、そのままずっと続けられた。ただ10年経ったときに、ちょっと腎機能が悪くなって、これはグリベックの影響だと思われるんですが。
のりちゃん 長く(グリベックを)飲んでいらっしゃる方たちの中に、やっぱり腎機能が低下される方が多いように感じます。私もグリベック歴が長かったのと、あとスーテントになってからも影響があって、毎回腎機能をすごく気にしながら生活しています。
ジャズべさん それで、10年経ったところで4錠を3錠に減らして血中濃度も測ったけれど、3錠ならいける範囲ということで3錠にして今も飲んでいます。
のりちゃん 今、グリベックは3年経ったらやめようというお話も出てきて、ジャズべさんは途中でグリベックやめようかなと考えられませんでしたか。
ジャズべさん 術後のグリベック服用にも考え方が2つあって、腫瘍が取り切れて予防のために飲む方と別に、私はさっき言ったように取り切れなかったという事実と、それからお腹の中に血をぶちまけちゃったという事実と、いろいろリスクがものすごい大きいものだから、これは多分、GISTERSの中で得た知識の中では、やめたらまた絶対再発だと私は思うし、多分、専門の先生に聞けばそう答えるし、私の意思でずっと飲み続けた。ただ、お医者さんからは、やめたらどう、みたいな話はありました。ありましたけど、俺は飲む、と言って、腎臓と相談しながらですけど、今、飲んでる。
のりちゃん 減薬を途中でされたという事ですね。
ジャズべさん そういうことですね。
のりちゃん 私の場合は、2002年の12月に肝臓に転移があり、翌年1月に手術を受けたんですけれども、もう、肝臓に腫瘍がすごく広がっていて、肝臓の手術はできなくて、小腸のみの手術をしました。
すぐにグリベックの服用を開始しまして、運が良いことに腫瘍が小さくなったということは、グリベックが効いたということだと思います。当時まだ保険の許可もおりていなくて、治験段階の服用だったので、お医者様からはこれは奇跡だと言われました。GISTが小さくなったところで、まず肝臓の右側の部分を切除しました。全部は取り切れなくて、肝臓は再生するので、(切除した右側が)大きくなったところで左側を切除して腫瘍を取り除きました。

3年ほど落ち着いていました。それから腫瘍が次々と転移して、肺とか脳に転移したんですが、肺は胸腔鏡手術、それから2回目は同じ場所にできてしまったので、開胸手術で腫瘍を取り除きました。肺の手術をした後は、それこそ2階に上がるだけで息切れするくらいに大変で、それは今も実際のところ続いています。
その後も、腫瘍が次々と転移しました。肝臓はラジオ波とか塞栓術で治療できたので、開腹手術よりも楽だったということと、当時スーテントを飲まれている方の副作用がひどかったのを見てきて、自分も手足症候群などの影響があると、ピアノを弾けなくなるというのもあって、グリベックを飲み続けました。
もうさすがにスーテントに切り替えないといけないかなと話しているところで、GISTが脳に転移しました。今考えると、もうちょっと早くスーテントに切り替えておくべきだったと思っています。グリベックは結局、すごくしがみついて14年間飲みました。

2017年に脳出血を起こして、左半身が麻痺になりました。
脳出血を起こす前に、ちょっと左腕だけがゾクゾクするような、自覚症状があったんです。それをドクターに伝えても、しびれとはまた違うので、それが脳出血の前兆だというのは、ちょっと気づかれませんでした。お医者様への伝え方というのも、すごく難しいなというか、大切です。いろんな言葉を使って、伝えていかなくちゃいけないというのは感じています。

その時に、観念して、スーテントに切り替えました。 脳腫瘍はガンマナイフで手術をいたしました。脳の手術っていうことで、不安がたくさんあって、その後記憶がなくなるんじゃないかとか、しゃべれなくなるんじゃないかとか、いろいろと考えました。2泊3日くらいで、好きなCDを持ってきていいと言われて、CD聴きながらチャチャッと終わるような、意外と簡単な手術でした。

スーテントは、はじめは3錠。2週間服用して1週間休薬という形で飲みました。でも、手足症候群がとにかくひどくて、ピアノは全く弾けないし、かかとの皮は剥けるし、精神的にもとても辛かったんですね。担当医と相談して3錠から2錠に減薬する決断をいたしました。減薬することは、薬が効かなくなるんじゃないかなとか、不安もすごいたくさんあったんですが、スーテントを飲みだしてから腫瘍は今のところ落ち着いていて、こうやってピアノの活動もできるようになったので、無理をしないで減薬してよかったんじゃないかなと思っています。

副作用について工夫していることなど

 

のりちゃん 副作用について何か工夫していることとか、もしありましたらぜひお願いいたします。
ジャズべさん よく一般的に言われるグリベックの副作用、さっき言った浮腫みだとか、下痢だとか、そういうのは私はあんまりなかったんですよね。
のりちゃん 私もそうでした。足が攣るとかはあったんですが、気持ちの悪さとかも全然なくて、それこそテニスしたり、普通にお仕事というか、私の場合はピアノ教室だったんですけれど、仕事もしていました。グリベックは私も割と楽ちんというか、そんなに強い副作用はありませんでした。
ジャズべさん 筋肉が攣るとかね、それはありますよ。夜中、こむら返りとかね、そういうのがあって、あと目の充血とか、バチーンと来ちゃうやつとか。
のりちゃん 目の中真っ赤になってね、朝起きるときにビックリするみたいな。
ジャズべさん あれはどうしようもない。あとですね、皮膚の感染症になりやすくなるみたいな。これやっぱり、少し免疫が落ちてるのかなあと。そういうのとか。

副作用ってさっき言った、やっぱり私の場合、どうしても腎機能。10年過ぎたあたりでクレアチニンが1.2(mg/dl)になったのかな。1.2って正常値が0.6から1ぐらいだから、1.2がちょっと高いなというところで、そこから徐々に増え始めたんで、食制限を始めた。タンパクと塩分、何か数式があってですね、このぐらいにしなさいよというのがあって、タンパクが57(g)とか塩分が6(g)以下とか、それで毎日管理してやってるんだけど、タンパクを減らしちゃうと、筋肉がガタ落ちになって、これ10キロ痩せまして、その後その弊害がまた、筋肉量減ると腰が悪いもんだから、腰支えられなくて腰痛が悪くなって坐骨神経痛になって。
そういうことが最近の悩みになって、これはいかんと思って今筋肉強化の体操をするだとかストレッチをやるとかそういう方法で今ちょっと補っているんです。
のりちゃん 腎機能が悪い方は皆さん塩分とか制限される方が多いですけど、私の場合やりすぎちゃって、ナトリウム不足です、と言われたこともあるので、皆さんも気をつけながら腎機能に対処をされてください。今日参加されている方の中にも、イマチニブを飲んでいらっしゃる方が多いと思いますので、参考になればと思います。

そして私もさっきも言いましたように、グリベックは、ほとんど強い副作用はなかったんですけれど、スーテントは、最初から下痢とかいろいろな症状が強くて、気持ち悪いのもありました。初めは朝食後に飲んでいましたが、吐き気や気分が、気持ちが悪い感じ、それは夕食後に飲んでから私の場合は軽減されたように思います。

副作用としては下痢と手足症候群がひどくて、手足症候群が本当にひどいときは、かかとの皮も剥けるし、お箸も持てないぐらい。とにかく圧迫されるところはみんな皮が剥けたので、なかなか辛かったです。吉岡さんにキズパワーパッドがいいよ、と教えてもらって、それが一番、手足症候群対策としては、私にとっては効果があったように思います。あと、手を洗うところにはクリームを持って行って、ちょうどコロナもこの時でもあったんですけど、外から帰って手洗ったら保湿をするみたいな感じで、保湿クリームをいたるところに置いといて、すぐに塗るようにしたり、白い手袋をはめたりしていました。あとは、いろいろ試したんですけれども、今はガーゼを何枚かに重ねたものを、かかとのところに挟んで、厚めの伸びるハイソックス、というので、そこに挟みながら履いています。

あとひどいのは下痢なんですが、だんだん慣れてくると、(服用してから)何日くらい経ってくると下痢の症状がひどくなるとか分かってくるので、その時に応じて強い下痢止めを飲むとかしています。できるだけ外出するのは、休薬期間中の後半、もしもの時用にパットを当てたりとか、そんな対策をして、着替えも持ち歩いています。

あまり副作用がひどい時は、無理しないでとにかくお休みしなさい、というふうに最近は先生に言われています。最初、私が飲み出した時は、例えば1日早く終わったら、1日早く飲み始めなさいと言われていたのですが、最近は変わってきたらしく、少しでもひどくなったら休むというのが、長く飲み続けられる方法ではないかということでした。

あと私は口内炎にとても苦労していまして、舌にも口内炎ができてしまうのですが、ビタミン剤のノイロビタンというのをいただいて飲んでから、あまりできなくなったので、有効だったのかなと思っています。あともう一つですね、倦怠感がとてもひどくて、あるとき吉岡さんに、もうかったるいし何もやる気がしないんだよね、と相談したら、それは甲状腺機能を一回調べてみるといいよ、と教えてくださって、調べたら、まさにその通りで、甲状腺の機能が低下していて、今はチラージンという薬を飲んでいます。
ジャズべさん それも副作用?
のりちゃん そうだと思います。スーテントの副作用の中に倦怠感というのがあって、苦労しました。

GISTを発症してからの日常生活の変化

 

のりちゃん 最後に、発症してから日常生活で変わったこととかはありますか?
ジャズべさん さっき言ったように、私、千葉に住んでいたんですよ。その時にGISTになって。千葉市稲毛に住んでいたんですけど、そこが職場だったので。ちょうどその頃、横浜市の実家へ母の介護で毎週のように行ってたりという生活をしていて。

千葉で手術をして、復帰した時は東京支店に変えてもらったというか、変えさせられたというか、営業職からスタッフの仕事に変えたんですね。それ自体はよく言えば、数字から解放されたという部分もあり。また、その書類を作ったり分析したりするのは別に苦ではなかったものだから、そういう意味では少し楽になったかなと。
さっき言ったように、薬を飲み始めた当初は、えも言われない息苦しさみたいなものがあって、3ヶ月ぐらい続いてたんだけど、そのときはちょっと職場の中で30分ぐらい休ませてもらうとか、そういうのを黙認してもらいながらやっていたんですね。でも、9月以降はそれもなくなって、徐々に酒の付き合いもするようになってきたかなと。
あと、胃を3分の1取ったので、外食1人前厳しいんですよね。だから、昼飯は弁当を作ってもらって、それで食べていました。

でも、最初は毎月のようにCTを撮っていたんですね。そのたびにハラハラドキドキしてたんだけれども、あの時はまだ先が見えなかった。今でも先は見えないけれども、一年一年なんとか生きてくことばかり考えていた。その一年一年の積み重ねで19年経ったようなもんだけどね。逆に今をどうやって生きるかとか楽しめるかとか、そっちの方にシフトしていった。だから今はやりたいことをやっていきたい、やっていく。そういうふうにしていましたね。まあ、現生主義っていうか、今でしょっていうか。実を言うと60歳で再雇用はやらないで辞めましたね。やめて、ちょっとやりたかった美術の学校に4年間行って、今、絵を描いてますけどね。
のりちゃん 私は生活に対しては、グリベックの時は特に支障はなかったんですけれども、今はとにかく下痢の関係で、あと左半身麻痺になったことで、出かけることに関して制限も多くなりました。家事ができなくなったというのが、生活面で大きく変わって、そういう意味ではほとんど主人にやってもらっているので、ありがたいなと思っています。

長い治療生活の中で心の支えになったこと

 

のりちゃん 長い治療生活の中で、心の支えになったことがあれば教えてください。
ジャズべさん 52歳で、今71歳なんですけど、52歳で病気になったわけじゃないですか。52なんだけど、子供はまだちっちゃかったんですね。上の子が、さっき言ったように、小学校6年の最終の時で、この子を育てなきゃいけないと思ってたから、この子が20歳になるまで、なったとき、ちょうど俺が60になる。それまではなんとか生きなきゃなっていうつもりで、毎日やってたような気がする。でもまあ、どうにかこうにか、60はクリアしたの。で、今70になってる。おかげさまで、子供は成人して、みんな大きくなってる。
のりちゃん 私もGISTって言われた時はたぶん子供の成人式は見られないだろうなって、思っていたので、それが今ではね、孫の顔まで見ることができて、本当にありがたいなと思いましたね。 絵をやるとか、また全然違ったことに挑戦されるのもいいんですね、きっと。
ジャズべさん そうですね。もともと俺音楽やったんで、今回も誘われてはいたんだけど、結構絵に入ってて、年に何回か展覧会に出して、この10月もグループ展の用意をしています。
のりちゃん 何か一つ没頭できるものがあるっていうのはいいですよね。病気を忘れられるというかね。
ジャズべさん そうだと思います。
のりちゃん 私の場合も、片手が使えなくなってワンハンドになってからはしばらくピアノに触る気もしなかったし、音楽聴くのも嫌だったんですけど、ワンハンドという音楽に出会って、人生が一変した感じです。音楽でピアノを弾いている間はいろいろなことは忘れられるし、音楽があってよかったなぁと思っています。ピアノの演奏に関しても、ピアノを通じて、みなさんに何かをお伝えできればとか、自分らしい演奏ができれば、というふうに思いも変化してきました。そして、本当に一番助けてもらっているのは家族の力が大きいです。
ジャズべさん もう一つは、やっぱり、GISTERSじゃないですか。
のりちゃん そうですよね。そこが一番。かけがえのない仲間というか、いろいろな繋がりの友達がいますけど、GISTERSの仲間は本当にいろんな気持ちも分かってもらえるし。
ジャズべさん そうですね。仲間意識というのは大切だと思うし、同じ苦労をしている人たちがいるということだけでも、支えになりますよね。初めてGISTERSに参加したのはリレーフォーライフだったんですけど、最初の年、2006年は参加しなかったかな。2007年から参加させていただいて、そういう仲間ができるということと、やっぱり病気に対する知識ができるじゃないですか。正しく知るということはやっぱり大切なことで。俺、大学病院に行ってますけど、大学病院の先生の知識より、こちらの勉強会で得た知識のほうがずっと進んでいるじゃないですか。それはもう、しょうがないというかね、圧倒的な知識をいただいているというのは一番大きなことじゃないですか。
のりちゃん そうですね。今って情報社会でいろんな情報があふれているので、やっぱり正しい情報を見極めながら、勉強会などでも見極めることが大切かなというのは私も思います。
ジャズべさん 病気って、分からないでいると不安になるじゃないですか。そうすると、やっぱりどんどんどんどん不安が大きくなってしまう。お化けになるんですよね。やっぱり正面から見て知ることっていうのは、どんな病気でもそうでしょうけれども、特にこの病気は必要なのかなというふうに思います。

ご参加のみなさんにメッセージがあれば

 

のりちゃん 最後に皆さんにもし、メッセージがあればお願いします。
ジャズべさん いや偉そうなことは言えないんですが、ちゃんと知ることは大切なんだよということと、仲間を持つことは支えになるよということと。
あと、長期に治療している人、私も含めて最近多くなってきていると思うんですが、長期の人でこの前GIST以外の病気でお亡くなりになった方がいて、これ、逆にショックでね。GIST患者はGIST以外でも死ぬんだよってことも忘れちゃいけないと思うので、他の面でもケアしたり気をつけていった方がいいかなと思っています。
のりちゃん ありがとうございます。私も昔は、「今日はこれをやった!」とかって達成感がないとダメな人でした。でも実際にスーテントを飲んだら、もう何もできなくて気持ち悪くてダラダラしちゃう日も最近はあります。それはそれでダラダラできた日って、まず前向きに捉えていけばいいのかな、なんて最近思っています。

すごく大変だった時期に主人に言われて、一番そうだなと思ったのが、あまり先のこと考えないでまずは一つ一つ対処していけばなんとかなるよって。先のことを考えたら不安はどんどん大きくなっちゃうんですけど、もしかしたら災害とか事故で亡くなるかもしれないし、とにかく、今を大切にっていうのが、できないときはそれでいいんだなって自分を甘やかしてやることも大事かな、と思っています。
のりちゃん 今日は夢だった音楽会が開けたことが、ドリームズカムトゥルーというか、本当にスタッフやみなさまのおかげだと思っています。ありがとうございます。
ジャズべさん ありがとうございました。