GISTERS Voice (GIST経験談)
2024年3月発刊「季刊誌GISTERS NO.6」に掲載した加藤さんのGISTERS Voiceをもとに、2025年11月、あらためてインタビューを依頼し、このたびGISTERS Voiceとしてご紹介いたします。
ぐえん吉さんご自身の経験を通じて、GISTと診断されてからの治療経過や患者としての思いを語ってくれました。他の患者さんとの交流や、病気について自ら学ぶ重要性、主治医との信頼関係の大切さ、副作用の経験に基づく工夫や、仕事と治療の両立、治療において心の支えとなったことなどをお話しくださいました。
希少がんに罹患したことによる治療開始までに直面した問題や、服薬継続の意思、その後、服薬治療を終えられるまで、ご家族のサポートと持ち前のしなやかさで突破していく様子をやわらかな口調で語られる内容は、ぐえん吉さんのお人柄あふれるお話となっています。
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お名前 加藤信和さん(通称:ぐえん吉)
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お住まい 大阪府
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お立場 患者
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原発部位 胃
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GISTと診断された年齢 50歳
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現在の年齢 62歳(2024年3月時)
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関西GIST患者と家族の会、中部GIST患者と家族の会運営メンバーです。
その他全国各地の会に顔出しています。
2024.3月発刊「季刊誌GISTERS NO.6」に掲載した加藤さんのGISTERS Voiceより
治療経過
GISTとの付き合いは、2012年1月の激腹痛から始まりました。
あれこれあって、専門医の西田先生にたどり着いたのが3月中旬。
腫瘍サイズ大(胃に約15cm×11cm)の為、抗がん剤を事前服用し縮小後に手術を行うネオアジュバント療法がスタート。
順調に縮小(6.5cm×6.1cm)し、11月上旬に開腹手術を受けました。
手術は無事成功しましたが、ハイリスクの為、抗がん剤は継続服用。ガイドラインでの服用期間は、3年ですが、自分なりの思いを歴代の主治医に伝え続け、8年近く服用を続けました。
ようやく薬を止める決心がつき、卒薬したのが2020年7月。
それから年2回のCTと血液検査を続け3年余りが経過。幸い再発転移なく今は普通の生活を送っています。
患者として思うこと
GISTになってから、全国各地で開催される、セミナーやおしゃべり会、リレーフォーライフに積極的に参加し、多くの患者仲間と交流しました。
そんな中で感じたことは、「病気に関する知識が少なく主治医任せの方が多いなぁ~」ということでした。例えば、服薬に際しての注意点や副作用対策。耐性や血中濃度、遺伝子変異という言葉や意味、治療のガイドラインの存在すら知らない方が居られます。
GISTは希少がんです。この病気に関する知識を全ての医師が等しく持つわけではありません。
ですから、患者は誰よりも勉強し知識を得て患者力をUPし、主治医と信頼関係を築きながら治療を進めていくことが大切です。
患者には治療法と医師を選ぶ権利があります。
自分の命と身体、暮らしを守る主役は自分自身ですからね。
ここから、2025年11月インタビュー 【話し手…ぐえん吉さん】【聞き手…🍀(事務局2名)】
🍀 今日はよろしくお願いいたします。
まず治療についてお伺いします。2012年の1月に激しい腹痛があったということですが、それより前に何か自覚症状はありましたか?
ぐえん吉さん はい。私、偉い人なんで(笑)昔、経緯経過を全部何かのきっかけでまとめてたんですよ。
2011年の年末、12月の中旬にお腹に鈍痛があったんですよ。ずっとお腹が痛くて。激痛ではないけれど一ヶ月以上続いてて。地元のかかりつけのお医者さんには、たまに胃腸炎で行ってたんで、そのときも胃腸炎かな?と。でも、お腹下したり吐いたりはしてなくて薬だけもらってたんですけど、胃腸薬の薬飲んでも全く効かなくて。
当時の記録を見ると、1月23日の夜中に激痛が走ったようですね。だから一ヶ月ちょいずっとお腹が痛くて調子悪くて、なんか変やな、変やな、痛いな、と思いながら過ごしてたという状況でしたね。
GISTに詳しい医師にたどり着くまで3か月間の経緯
🍀 GISTに詳しい西田俊朗先生を受診されるまで3ヶ月かかったということですが、どのような経緯で西田先生までたどり着いたんですか?
ぐえん吉さん 12月の中旬にお腹が痛くなり出してから、西田先生にたどり着いたのは3月の下旬なんですよ。
激痛があってまず、いつも行ってる地元のかかりつけの先生のとこ行ったんですね。なら、うちではどうしようもないから言うて、地元の胃腸科専門の入院設備もある病院へ紹介してもらって、そこでお腹のエコ-とCT、採血、胃カメラを1月の下旬にやったんですよ。胃カメラの画像はその日に見られたんですけど、普通のびらん性の画像じゃなくてGIST独特のこんもりした、胃壁がピンクっぽい色でこんもり土手みたいになってる映像がありまして。その映像を見て胃腸科専門病院の若いドクターが多分何のことか分からず固まってたんですね。で、CTも特に明快な診断もなくてもっと大きい病院に行ってくれと言われて。
今度は地元の大学病院へ紹介状をまた書いてもらって。そこへもう、放り込まれたというか、送り込まれたというか。で、また紹介状とデータ持って行ったんですね、2月10日ぐらいです。そこから1ヶ月間ぐらいずっと内科の方で、超音波内視鏡とかMRIとかバリウムとか、いろいろやりまして。結局1ヶ月後にやっと、もうこれは、お腹に何か大きいもんができとるから、手術して取らなあかんよっていう。そういう説明を内科のドクターから言われて。で外科の方に回すからって言われて、ポンとパスされまして。それが3月の中旬なんですよ。
もう外科では、お腹開腹(手術)しますよとか、多分胃は全部摘出になりますよとか。真ん中とって上と下ひっつける、ルーワイ法という手術の方式になりますよ、とかですね。なんかもう淡々とビジネスライクに説明されましてですね。で、一体私の中にできているのは何だろうか、ということがわからんまま、手術の日程まで決められましてぼう然と帰ってきたと。
で、そこで初めてちょっとこれまずいなと、やっと思い始めてですね。
「GIST」っていう文字は、その内科の先生が見てたパソコンのディスプレイで「G・I・S・T」って書いてたんですね、私はそれが単なる腫瘍っていう意味の医療用語やと思ってたんですよ。 それを調べることもなくほってたんですけど。外科の先生に会ったその日の晩に初めてその「GIST」っていうのを調べたんですよ。そしたら、これってなんかレアな「がん」やと、希少な「がん」らしいぞと。
これは、ちゃんと説明もしてくれへん大学病院に任せるとまずいんちゃうんかいなと。外科では何の説明もなく、いきなりお腹切って胃を摘出しましょうとか、そういうことしか言わないんで。内科では外科の話が終わった後、胃を取ったあと薬飲むんですよとかそれだけなんですよ。
胃をごっそり取った後、薬どうやって飲めるんかなとかね。この人たち何言うてくれてはるんやろなんて不信感がどんどん大きくなってきましてですね。
パソコンを当時持ってなくて、あの当時スマホもないんで、ガラケー携帯で「GIST」を調べ始めて、ひたすら調べるとですね、西田先生の名前しか出てこなかったんですね。「関西 GIST 専門医」とかで調べても、いろいろ切り口を変えても西田先生しか出てこなくて。これはもう大阪で頼るんやったらこの先生しかいないやろうなと思ったんですよ。
で、手術まで決まってた大学病院にはもう任せてられへんので、先に西田先生の診察の予約をしようと思って。勤めている会社のクリニックの産業医の先生に言うて、そのクリニックを通して大阪警察病院の西田先生の予約の日も決めてもらったんですよ。決めてもらってから大学病院に連絡して、手術はキャンセルしたいから、紹介状とデータ全部用意してください、言うてね。いついつのここへ行くから、それまでに用意してくださいってやってもらったと。で、それをなんとかその日までに揃えてもらって、一式を持って、3月26日に西田先生のとこに駆け込んだと。
だから、12月の中旬にお腹が痛くなりだしてからちょうど3ヶ月後ぐらい。やっと西田先生のところへたどり着いた、そんな流れでしたね。最初の大学病院のドクターたちがもっと信頼できそうやったら、ひょっとしたら今頃こんなお気楽ではなかったかもしれないですよね、この先生に任そう思って胃を全部取られてたかもしれないんで。最初のドクターたちがちょっと不信感を持たせてくれたおかげで西田先生にたどり着けたと。
🍀 会社のクリニックから西田先生に紹介状を書いてもらったとのことですが、そのクリニックは産業医の先生なんですか?
ぐえん吉さん はい。うちの会社は会社の中にクリニックがあるんですよ。バリウムやエコーしてくれる人もおって。そこへ頼んだら、どの病院の何科のこの先生の診療をしたいからと紹介状書いてくれはるんですわ。だからそれが助かりましたね。
🍀 最短コースを走りましたね。お見事。
ぐえん吉さん いやーこの間、外科のドクターの診察を受けてからのこの3日、4日の当時の自分を褒めたいですね。もうひたすら頑張ったみたいな。
🍀 その時、誰かにご相談とかはされて動いたんですか?
それともご自身でもうこれは動かなっていう感じで?
ぐえん吉さん ああ、そうですね。外科の診察の時に初めて嫁を連れて行ったんですよ。それまではあんまり途中でいろいろ言うて心配かけるのも嫌やったから。
ただ、いざ手術や言われて、これはまずいなと思って。直前に嫁に「こんなんでずっと病院行っててどうやこうや…」という説明をしてですね。外科は付き添いで行ってもらって。ただ嫁も、外科の先生、こっちの顔も見んとね、なんか画面ばっかり見てしれーっと喋っとるし、あんな先生あかんのんちゃうとかね。もっと調べた方がいいんちゃうとかね。いろいろ彼女なりに言ってくれて。
それも背中を押してくれて、ちゃんと調べようと思って。で、いろいろ調べても西田先生のとこ行くわーとかね。その辺は嫁と話しながら。
🍀 ナイスです。ご家族。
🍀 誰かに相談できるってやっぱり本当に大切だなって今ひしひし思いました。
ぐえん吉さん そうですね。やっぱね、悶々としてたんですよ。ずっとその間はね。
🍀 そして、3月26日に西田先生のところに行って。そこで生検してGISTだねっていうことでネオアジュバントが始まったんですか?
ぐえん吉さん 西田先生のところ行った時に、「多分、君はGISTであろうけれども、確定させんとあかんので、検査入院をしなさい」ということで。2日後、3月末に1泊か2泊で検査入院しまして。4月の頭にPETを撮りに行って。PETを撮った後でグリベックを飲み始めたんですね。
1ヶ月後にもう1回PETを撮って、それで縮小しているかどうかのチェックを先生がされて、グリベックが効いとるからこの調子で飲んでいこうと。で半年ぐらい飲んでから切りましょうかと、いう話ですね。
だから生検の結果とPETを2回やって、その間に縮小しているのが明らかやったんで、GIST確定という感じですね。で、すぐ切ってもいいんやけど、ちょっと(GISTが)でかかったんで。他の臓器、膵臓とか一緒に取らなあかんようになっても困るから、ちっちゃくしてからの方がいいよ。いうことで、ネオアジュバントで進めよう、ということになったということですね。
🍀 術前に抗がん剤(分子標的治療薬)飲みますよって言われた時、どんな風に思われましたか?
ぐえん吉さん そうですね。その時に西田先生が、やり方は2つあるよ、1つはすぐ切るやり方で、これのメリットはとにかく目の前から腫瘍がすぐなくなると。ただし君の場合、まあそこそこ大きいんで。他の臓器に浸潤してたら大きく取らなあかんかもしれないね、もう1つが抗がん剤を飲んでちっちゃくしてからやるやり方。この場合はリスクは少ないよと。
ただ、先に抗がん剤を飲まなあかんし。ほんまに効くかどうかとかいろいろ調べなあかん。スタートまでそれなりの時間もかかるし、抗がん剤の副作用もある。30分時間をあげるからどっちにするか決めなさいって言われた。
🍀 30分!
ぐえん吉さん で、診察室から出て30分。嫁とどないする、やっぱりちっちゃくしてから切った方がいいような相談したよね。30分後においでおいでって言われてまた入って、先に飲みますわー言って決めたと。まあそんな感じで事前にきちんと説明をしていただきましたね。どっちにしますか?って、あなたが決めるのよっていう。
🍀 いいですね。納得しながら治療を受けられますもんね。
ぐえん吉さん そう。そうなんですよ。最初に行った大学病院はそういうの全く何の説明もなかったんでね。ポンポンポンとはい、検査検査検査。外科。はい、手術っていうのと比べちゃうじゃないですか?ちゃんと説明してもらって。心地よく。もうどんどん西田先生への信頼感が高まってその日でもうこの人に任せようとなったんで。
🍀 30分の時間をくれるっていうのもミソ。
ぐえん吉さん そうそうだよね。さあ決めなさい。30分で。
🍀 絶妙な時間ですね。
🍀 そこの時間を診察中に捻出してくれる先生もすごいなと思った。ありがとうございます。
🍀 それでグリベックを飲み始められるんですけれど。最初の時のご体調や、心構えというか、お気持ちみたいなものをお聞かせください。
ぐえん吉さん 最初に飲んだ日は仕事が休みやった日で、飲んでも副作用は出てこないんで、なんてことないやん思いました。、2日目以降は仕事で、そしたら休みの日に飲んだんと仕事の日の朝飲んで行ったんとじゃ全然しんどさが違ってですね。最初の1週間ぐらいは、もう俺こんなしんどいの、半年も飲み続けられるんやろかなんて思ってですね。倦怠感と吐き気と、下痢はすぐ来なかったんかな?なんかすごくしんどかったん覚えてますね。ただまあ飲んでるうちに慣れてきたというか、皆さんそうだと思うんですけど。
これ付き合っていくんやな。最低半年は付き合うねんな。その後のアジュバントとのことなんてあまりその時は考えてなかったんで。
まず半年やなっていうところからスタートしました。
半年飲み続けることを頑張らなきゃいかんなと思いながら。
気をつけてたのがね。まあそこそこのサイズ(胃に約15cm×11cm)やったんで、破れたらあかんでしょ。
だからまず、自転車とか乗っててこけないようにとかね。あと電車。通勤とか満員電車やったら圧迫されるじゃないですか。そういう時、お腹を守る。人のカバンとか肘とかでドーンとお腹当てられてそれで腫瘍が破裂なんぞした日には目も当てられないんで。できるだけ混んだ電車は乗らないとか、混んでたら背中を向けてドアの方にお腹を向ける。
なんかそんなすごい努力してましたね。とにかく破れないように。刺激を与えない、圧は与えない。そっとそっと、風船割れんようにみたいな感じで。
🍀 では次に手術の当日のこととか、その後の生活や体調の変化などを教えてください。
ぐえん吉さん 手術当日。昼からの手術やったかな?1時スタート。6時ぐらいまでやったと思いますね。5時間か。
初めての手術。何年か前に痔の手術はしたことがあったんですけど。お腹を切ったりとかいうの初めてやったんで。切った後どうなんねやろうなってね。どれぐらいで動けるようになるんやろかとか。そんなことばっかり考えてて手術に対する不安っていうのはあんまりなかったですね。
(ネオアジュバントで)順調にね、それなりに縮小していってたし。で、執刀医が西田先生じゃないというのを直前に知って、なんや先生が切ってくれへんねやっていうぐらいかな。
🍀 入院はだいたいどのぐらいの期間でしたか。
ぐえん吉さん 11月7日に手術したから前の日に入院で11月6日に入院して16日に退院やから10日間ですね。
🍀 その後、仕事に復帰するのはどのぐらい後になったんですか?
ぐえん吉さん 16日に退院して、その次の西田先生の診察一回目が12月3日やったんですよ。この日までは自宅療養。3日の日に行って、もう仕事復帰してもいいですよって言われて。
確か、その後そのまま産業医の方へ行ったと思うんですね。会社の方のお医者さんとこ行って、出勤してもええって言われました、という報告をしてから行き出したんで。たぶんその週末ぐらいから。だから入院してから1ヶ月ぐらいは休んでて、復帰までちょうど1ヶ月ですね。
🍀 そうなんですね。職場には、復帰の時に病気のお話をぐえん吉さんから皆さんにされたんですか?
ぐえん吉さん まあ会社の人事とかね、その辺には全部言ってたし。で、周りの同じ部署の人とかにはもう、こんな「がん」で手術するし、2ヶ月ぐらいかかるみたいやわ、みたいなことを言うて休みに入ったんで。完全に会社関係には100%カミングアウトしてたました。
復帰の時は「お帰り~」とか「ちょっと痩せたねやっぱり」、みたいなね。5~6キロ体重落ちてたから、「やっぱり痩せたな~とかお腹痛い?」とか、いろいろ言って来てくれて。若い奴が「加藤さん大丈夫ですか?」とか言ったら、「切った腹、500円出したら見せたんで~」「高いですね~」とかね(笑)。
🍀 さすが(笑)
ぐえん吉さん 1週間ごとに100円ずつだんだん値段が下がっていったんですけど。今日やったら400円やけどどうする?ゆうて(笑)結局誰も(お腹の傷)見てくれませんでしたけど。
ちょっと稼ごうかなと思てたんですけど、残念でしたね。
🍀 副業失敗。面白い(笑)
🍀 ぐえん吉さんのお仕事、その時は外に出られたりとかすることもあったんですか?
ぐえん吉さん そうですね。純然たる営業職ではないんですけど、出ることも多いんで。あんまり時間の管理はされてない感じだったんで。その辺も楽でしたけどね。バリバリの営業のトップ走ってたらしんどかったと思いますけど。その辺はもうできるだけ自分の立ち位置を作っていたというか。
仕事復帰してから、職場で辛かったとか、そういうことは特にないですね。お腹もやっぱり調子悪かったらトイレ行ってる時間も長くなったりとかしたけどまあ、「ハラ弱いから、(薬)飲んでるからな。お前らよりトイレ近いし、居らんかったらトイレや思うときや~」みたいな。もうそんな会話もできるんで。
🍀 その時は朝お薬を飲まれてたんですか?
ぐえん吉さん そうですね。朝と昼2回。
多分その12月3日、西田先生の最初の術後の診察の時に、グリベック再開って言われたんです。いっぺんに飲まんでもいいかってのは、その時に聞いたと思うんですよ。分けて(飲んでも)もよろしい?って、いっぺんに飲むとちょっとしんどかったんで。その時に、1日4錠飲んだらええから2錠2錠に分けてもいいよって言われて。多分そこから朝と昼で飲みだしたと思いますね。
GIST罹患のことを家族に伝える大切さ・伝えない優しさ
🍀 ここまで仕事や生活のことをお聞きしていましたが、。ちょっと時間を戻してみます。手術の時に、ご家族、例えば、お子さんにも、病気のことは一緒にお伝えされたんですか?
ぐえん吉さん 3人の子供はその時、上2人は大学生、3人目は高校生で。まあそんなちっちゃくなかったんで、ちゃんと子供らには説明しました。
ただ問題はうちのお袋。おかんにだけは絶対バレたらあかん、家族全員にそれをばあちゃんに言うなよと。
だから未だにうちのお袋は知らないです。親父はずっと病院おったんで、おふくろ一人暮らしで、私ずっと毎週土曜か日曜、週1回は、食事に行ってたんですね。それが行けなくなるじゃないですか。退院してもすぐ食事が元通り取れるかどうかわからないんでしばらくおかんとこ行かれへんな。と。それがひょっとしたら3~4か月くらい、元のぐらいの量を母親の前で食べられるようになるのにどれくらい時間を要するかわからんかったんで、家族全員でばあさんに嘘をつこう、ということになって。
父ちゃんは会社のプロジェクトで半年くらい東京に仕事やということに、ばあちゃんにはしておくと。
🍀 なるほど!
ぐえん吉さん だからお前ら、それわかったなと。で、たまに帰ってくるけど、すぐまた東京に戻るから、おばあちゃんのところに行かれへんってなことにしとくから、ということで、子供らにも言い聞かせてですね。で、その通りいまだにお袋は信じてますね。これはね、家族全員に一致団結してばあさんにバレないように。
🍀 親孝行。
🍀 みんなの優しさが詰まってる。
ぐえん吉さん 家族をまとめるためにばあさんを利用したというか。
🍀 いやいやいやいや。
🍀 でもそれっていいですよね。お父さんが病気だ、どうしようっていうところから気がそれるっていうか。これはミッションだ、やんなくちゃっていうのがある。
ぐえん吉さん クリスマスの時はまだ退院して間がない。仕事復帰しても間がない、だから娘に5000円くらい渡して、「ばあちゃん、クリスマスケーキ買うてきた~」ってゆうて行ってこいとか言って、高いケーキ代やなって言いながら行かしたりとか、そんなんしてましたね。ちょうどね、次男坊がサッカーで全国大会出た時には「テレビいついつやからばあちゃん見てよ」と言いに行ってこいとかね。
なんかそういうので自分が行かなくてもばあさんの気がそれるようにしてましたね。
🍀 お孫さんが来たら嬉しいでしょうしね。
ぐえん吉さん そうそうそう、息子が行かんでも孫の方が嬉しいかも。
GIST服薬治療の継続、医師とのコミュニケーションの大切さ
🍀 お子様方も大活躍ですね。すごい。
さてさて、グリベックを服用され続けて3年を超えて、その先も続けていくということで、先生にいろいろご相談されながら飲み続けられたと思いますが、お医者さんとのコミュニケーションについて、苦労されたこととか、こういうことを大切にしているよっていうのがあれば教えていただけますか?
ぐえん吉さん 西田先生は私が手術した次の年に関東に転出されて、その後の主治医は西田先生の弟子に当たる方やったんですね。で、その次の先生も西田先生のことよく知ってる先生だったんで。自分も患者会行ったりしてるっていうのはいつもの会話で、その時の主治医の先生にも言ってたりしてたからか。主治医の先生が私に対して(いろいろ解ってるから)言わんでええやろみたいな。
(薬を)3年でやめましょう、とかはちらっと言われたことあったんですけど。「いや先生、悪いけどもうちょっと飲みたいねん」とかね。
途中5年ぐらい経った時、2人目、3人目ぐらいの先生に、やっぱりどうしますか?みたいな話があったんですけど、その時、「子供三人みんな独立するまで自分は飲もうと思ってますねん。やめるタイミングは自分で決めたい思ってるんですわ。」と言うたら、わかりました、みたいな。それ先生悪いけども毎回言うのかなわんから、先生次変わる時にちゃんと引き継いでおいて。そうですねとか言って。
そんな感じで。引き継ぎ事項でお願いしますわとか言って。
だから、どうしますか?ってことは2回、3年の時と5年の時とちらっと言われたぐらいですね。他の方の話聞くと、結構「もう3年でおしまい」って言われた、どうしましょうとかいう話ね、あちこちでよくお聞きしますけど、そういうことは全くなかった。3ヶ月処方も最初から普通にしてくれましたしね。
🍀 ありがたいですね。全然違いますもんね。処方してくれる期間で。
ぐえん吉さん そうですよね。
🍀 先生が西田先生からお弟子さんに代わって、その後また2人目3人目とか変わっていかれてますけど。新しい先生になったときに大事にしていることとか、先生とのやり取りで、これは自分の中で大切だなって思っていることありますか?
ぐえん吉さん うーん、偉そうにしないということですよね。やっぱり先生の立ち位置っていうのはあるんで。あんまり俺なんでも知ってる、あんたと一緒くらい知ってるよっていう風なことを言うと、先生にもプライドがあるじゃないですか。やっぱり人間関係悪くしたくないんで。頼りにしてますよ。みたいなことは常にこう。
やめようと思った時も、その時の主治医に、今もその先生なんですけど、服用をやめたいと思ってるんですわ、そういうこと背中押してほしいしね、先生、って言うたら、その先生から。 どうやって背中を押したらいいですか?と言われたんですよ。
🍀 あーすごい。めちゃいい先生。
ぐえん吉さん 「実は飲めといわはった西田先生が春大阪に帰ってきてはるんで。飲め言ったひとに、もうやめてええよって言うてもうたら俺もやめれますわ。」てゆうて、ほんならセカンド行ってきます。みたいなそういう流れで行ったんですよ。
「もう俺も決めてるからやめますよ。先生ちゃんと引き継いでまっかー」なんて言うたら、いやらしいから。そこらはサラリーマン30何年やってますんで。
🍀 いやー。めちゃめちゃ勉強になる。西田先生に始まって。西田先生でグリベックを終えた。
先生との出会いってめちゃくちゃ大事ですね。
ぐえん吉さん そうですよね。あの時会ってなかったら。こんな陽気にお気楽にしてられへんだろうなっていうのは思いますよね。あのまま前の病院で手術受けてたら。生きてはいると思いますけど、ほんまに胃を半分切られたり全部切られたりしてたかもしれませんしね。
🍀 8年近く続けてこられたグリベックを辞める決心をした大きな要因はお子さんの独立の他にも何かありましたか。
ぐえん吉さん 一番大きいのはそれやけれども、やっぱり副作用。貧血がひどかったんで。だいたいヘモグロビンがもう常時10(g/dL)切ってる状態なんですよね。で1回6ぐらいまで下がったことがあって、輸血したりやっぱりしんどくてね。下痢はある程度こうコントロールできても、貧血はどうしようもない熱があるわけでもないし、何があるわけでもないけど、ただしんどいじゃないですか。立ってもしんどいし、座ってもしんどいし、階段も上がられへんしっていう。あれがやっぱ辛かったかな。
(子ども達の)独立も大きいですけど、やっぱり副作用。で、おかげさまで再発転移せずに来てたんで。じゃあこのまま再発転移してないのに、一生グリベック飲むんかって言うと、それはちょっと違うやろうと。いつかはやめる日が来るはずやと。それはいつやねんっていう。
3年飲んでも結局辞める決心に関しては同じことじゃないですか。再発したら嫌やなっていう思いは3年後であれ、5年後であれ変わらないんで、今であっても変わらへんから。じゃあ子供がちょうど出たんで。今でいいかなと。そんな感じです。それと西田先生が帰ってきたっていうタイミングがピタッとあったっていう感じ。
🍀 ではでは。ぐえん吉さんのグリベックの副作用対策についてお聞かせください。
一番有名なのが、お刺身にオリーブオイル(減塩対策でお醤油は付けない)とお聞きしているんですけど、他には何か工夫されたことはありますか?
ぐえん吉さん ざる蕎麦にたれつけないのはどうですか?そのままっていうか、ちょっとだけつけて、つけた面を舌に乗せて、後を食べるという感じ。最初に舌についた出汁の味で食べちゃうみたいなね。そんな食べ方してましたね。あとは減塩と。
トイレ近いから、例えば新幹線の席を予約するときは確実にトイレにすぐ行ける席を予約するとかですね。通勤でも各駅停車しか乗らないとかですね。もよおしたらすぐ動けるようにしとこうとか、そういう心がけはしてましたね。あとは特に。むくみは減塩でなかったし。あんまり足も攣らんかったし。
🍀 皮膚はどうですか?
ぐえん吉さん 爪やね。透明のマニキュアは買ってきて塗ってましたね。でもやっぱささくれちゃうんでね。冬場、服とかいっぱい着ると引っかかって引っかかって。色白(になるの)はどうしようもないんで。
🍀 血豆とか口内炎はどうでしたか?
ぐえん吉さん 口内炎はできた。血豆はあんまりならんかったと思いますけど。
あと目(白目の内出血)ですよね。あれはでも、なったらなったでほっとくしかないんで。
🍀 本当ですね。予防もできないし。
🍀 眼科行っても仕方ない。
ぐえん吉さん あーきたなって感じですよね。きたきたきたみたいな。会社行って(目の内出血にびっくりして)えー、と言われたら、いや、これな副作用やから心配せんとってみたいな。周りが驚きますよね、こっちはなんてことはないんですけど。
🍀 今週相談を受けた方が、目の充血の相談だったんですね。前にぐえん吉さんから聞いた「充血は見た目でわかりやすい副作用だから、周りの人に今副作用辛いから大事にして」って言っちゃうそうです、とお伝えしたら超ウケてました。
🍀 いろんな知恵がある。ありがとうございます。
🍀 GISTの治療の過程でいろんなことがありながら生活されてきたと思いますが心の支えになったもので何かあれば教えてもらえますか?
ぐえん吉さん 心の支えはね。まあやっぱ家族がありますよね。皆さん一緒だと思いますけど。子供らが大きなっていって、いっちょ前になっていくのがね、やっぱり。
それとGISTERSの人らとの付き合いも多分にありますよね。やっぱり最初の頃、本当に特に(罹患して)1年目、2年目なんて、必死になって会いに行って。会うたんびにホッとして帰ってくるのがずっと続いてたんでその付き合いですよね。今は逆に新しい人たちと会ったりすることも多いんで。自分が元気にしてる姿を見せていかないかんなという思いもありながらですよね。
あとは仕事もせやね。なんとか続けてこれてるから。だましだましとは言いながらまあそれもいつまで出来るかな~定年も近いんでもうちょっと雇ってくれへんかなとか思いながら。
🍀 ひとつじゃないですもんね。心の支えってやっぱりいろんなことが。いろんな場所でいろいろたくさんの支えをもらうという。そんなイメージですね。
ぐえん吉さんはリレーフォーライフに行くたびに、仲間にホワイトボードにメッセージを書いてもらって全国のGISTERSに共有してくださいましたよね。あれもすごく励みになったんですけど、全国のたくさんの患者さんと交流されて、印象に残った出来事があればエピソードとして教えていただけるとありがたいです。
ぐえん吉さん 印象に残ったこと。みんな思ったより元気やなって最初は思ったし。あとね、辛い話でいくと、やっぱりこの病気は死ぬ病気やなっていうのもあって。2015年やから、自分がちょっと落ち着いた頃に4人続けて亡くなったんですよ。やっぱりこの病気は死ぬ病気でこれも一つの現実やし。ただの仲良しグループじゃないんやと。あくまでもがんの患者会やから。それを常に忘れてはいかんなという。だからじゃあどういう付き合いをできんねんっていうと、答えはないんですけど。
やっぱり元気に行くしかないやろうなと。久々に会ったら笑顔で抱き合うとかですね。 やっぱりそういう風に、いささか大げさにでもしてでもですね、そうしていきたいなと思ってますけど、ただの仲良し会じゃないということも、患者会の中ではやっぱり常に忘れちゃいかんことやなって。関西の患者さんにもそうなんですけど思ってますね。
🍀 ありがとうございます。 今は薬やめられてから5年とちょっとですね。経過観察は半年に1回ですか?
ぐえん吉さん そうそう、半年に1回のCTと血液検査。
🍀 ご体調は貧血もだいぶ良くなってきたんですか?
ぐえん吉さん 貧血はね、今年もちょっと便潜血で会社の健康診断で引っかかって。大腸検査をやったらポリープがあって、悪性でも何でもなく取って終わったんですけど、大腸ポリープなんかあるとそれで便潜血があったり、出血があったりして、貧血がまた今年もちょっと悪かったりしたんで、今は鉄剤を余分に飲んだりしてます。もともとちょっと貧血症なんで。それが今一番体調的にはあれかな…かといって、貧血は寝込むほどではない症状なんで、日によってね、元気やったり、ちょっと今日は階段上がるのしんどいなとか、それはありますけども。致命的なことでは今のところないんで。
ただ、いつも患者会とかにも言うてるんですけど、もう60も半ばになってきたんで、GISTのことばっかり考えててはいかん、いろんなところからいろんな鉄砲玉が飛んできますから。 GISTやってるからといって、他の病気に無罪放免じゃないんで気をつけて。コロナ後インフルエンザもかかってないんですよ何年も。やっぱ気をつけてますからね。うがい。手洗いマスク。やっぱその辺は心がけてますね。
🍀 お薬をやめたからもあるかもしれませんけど、顔色がよく見えます。
ぐえん吉さん みんなに言われますよ。会うたんびに元気そうな顔や、元気そうな顔やって。
🍀 今毎日の生活で、特別心がけていることや取り組んでいること、運動とか食生活とか、もしあれば教えていただけますか?
ぐえん吉さん とにかく風邪ひいたりだけをほんまに気をつけて。うがい手洗いマスク。絶対に手洗いとかトイレでも。外のトイレでね個室入る時、触るものすべてが汚れてるっていう前提で、鍵閉める時もハンカチとかで締めたり。直接手を触れないようにとか、触れたらその手で鼻とか目とかまず触らないようにする。そんなんはもう自然と身についているという。
食事はまあ好きなもん食べてますけど。先に野菜食べたりとかね。とんかつやったら先に全部キャベツ食べちゃってからとかね。そんなんはまあ気にしたりとかしてますけども。それぐらい。
🍀 薬をやめた後も減塩生活は続けているんですか?
ぐえん吉さん 減塩生活が最近ちょっとサボり気味でね。ざるそばはちょっとつけてますね。刺身はね、ちょっとつけてるかな。醤油はあんまり使わんから。そうやね、おうどんとかお蕎麦とか、汁は全部飲まないしね。ラーメンとかでも。その辺は豚汁とか、美味しい豚汁やな~思っても具だけ食べて。もう汁はあんまり飲まないようにしてるとかですね。それはもう自然となんかそのようになって、もったいないなと思てますけど。まあちょっとしょうがないなと思いながら。
🍀 うーん。そうですね。すごい身についてる。すごいすごい。
🍀 最後に、読者の方へ何かメッセージがあればお願いします。
それは、患者さんでもいいですし、ご家族でもいいですし、医療者の方でもいいですし、何かメッセージあればお願いします。
ぐえん吉さん そうですね。季刊誌に書いた通りなんですけど。自分の体と命を守るのは、自分が主役やということなんですよね。
だからどんな病気でもね、GISTに限らず、がんに限らずですけど、どんな病気でも、自分がどんな病気なのかっていうのを調べて。どんな治療法が今あるんかとか調べて。その時の主治医の先生が言うてはることがそれに妥当しているのかどうかとかですね、お医者さんの言うことを丸々鵜呑みにするのではなく。もちろん医者は信用せなあかんのですけど、すべての先生がその病気についてスペシャリストではないと思ってるんで。
やっぱり患者力を絶対つけにゃいかん。と思いますね。それはどんな病気でも一緒だと思いますんで。自分の体と命を守るのは自分しかいない。そのためにやっぱり勉強をして、敵を知る。戦い方を自分も考えて、医療者の言うてることが、その戦い方で納得できるかどうか、合ってるかどうか、自分なりには検証せないかんねやろうなと。
ドクターを否定するのでなく、やっぱり自分の勉強は絶対怠ってはいかんなと。
最近好きな言葉に「今が一番若い」っていうのがあってね。ある人があるエピソードで喋ったことで、これはええなと思って。
昨日はもう今日の過去やから昨日はもう古いんですよね。で明日はまだ来てないんで、今この瞬間の自分が一番若いんですよね。 だから、いくつになっても今できることはやりたい、したいことはもうこの年やからとか思わんとかね。ついつい、自分もブレーキかけたりしてるんで反省気味なんですけど。今一番若いんやから今やらな、明日もう一つ古なるやんと思いながら。毎日過ごしていきたいなと。
ちょっと今お気に入りの言葉なんですけどね。よかったら使ってください。
🍀 はい。今そうだなって思って。自信がつきますね。なんか自分にこの言葉は。
ぐえん吉さん そうそうそう、一番若いやんと思ってね。
🍀 ありがとうございます。
🍀 ぐえん吉さんはGISTERSの動画を作ってくれていましたよね。あれがぐえん吉さんの目から見た仲間たちの顔であって、ぐえん吉さんの思いがたくさんこもっていて。音楽も入れてくれて、つながりもちゃんと考えてくれていて。ぐえん吉さんってこんな風に私たちのこと見ててくれるんだなって、とっても心強かったんです。
さきほど仲良しグループじゃないっておっしゃいましたけど。でも、それでも亡くなった仲間の写真をちゃんと連れてきてくれたりとかね。で、そうかと思えば、そこら辺に忘れてきちゃったりね。その自然さがとっても心地よくて。
今日の60分、ぐえん吉さんって、周りの人をとっても尊重しつつ、実は自分の味方につけちゃう天才だな、と思いながらお話を聞いていました。ぐえん吉さん自身が気持ちよく泳げるように、そのように力を発揮するのがとっても上手。すごい。見習いたいなというふうに思いました。
ぐえん吉さん ありがとうございます。もっと褒めてください。もっと褒めてください(笑)
🍀 今日は本当に貴重な時間をありがとうございました。